2018年06月23日

リニア、原発、太陽光パネル

この3つについては国が推し進めていて地域住民が反対しているという共通点があります。この山梨、八ヶ岳でも一部当事者ということもあり、近頃いろいろな人からの情報発信を受けます。国政に反対するとすぐ左という短絡的な決め付けもあるようですが、私はいつもニュートラル、子供の頃から自分の考えをしっかり持っているつもりです。さてそこで、この3つについてその考えを述べます。長くなるので興味のない方はスルーして下さい。

・リニア → あってもなくてもいい

東京に仕事に行っていた時は品川まで15分と聞いて、ずいぶんと通勤スタイルが変わるなと思っていましたが、今では関係ありません。南アルプスに巨大なトンネルを掘ることにかなり批判があるようで、それで思い出したことがあります。

学生時代に憧れた(理由はスキーとツーリング、つまり大自然)ニュージーランドでは、トンネルがほとんどないそうです。ある時地方から都会へ出るトンネル掘削の計画があったそうですが、住民投票か何かで中止になったそうです。

地元の住民はさぞ不便だろうと訊くと、現在の海岸線をぐるりと回って都会に行くのに比べて30分の時間短縮になるそうで、「たかが30分だろ、だったら自然を壊すことのほどでもないさ」ということでした。翻って日本で新しい道路が完成すると、「これでどこからどこへの通過時間が何分短縮されました」などという報道を見て、たったそれだけ?と思ったことが何度もあります。

また、ヨーロッパのある国では車道の舗装路がガタガタのままで放置されているのですが、やはりその不便さを地元住民に訊くと、「それより福祉のために税金を使ってほしい」という答が返ってきました。これも日本では、こんな道路工事が果たして必要かと思う剥がしては埋める作業が実に多いといつも思っています。

・原発 → いったんなくていい

物事には何でもリスクとリターンがあると思います。原発はこれまでリターンの方が強調されて、そのリスクは先の震災で初めて広く認識されたと思います。これは原発に限ったことではなく、何かを推し進めようとする時に、リターンばかりが情報発信されるのは危険だと思います。薬には必ず副作用情報がありますね。

原発反対と言うと「あなたは経済のことをわかってない」と言われるそうです。高度経済成長期の電力不足の時代ならそうかもしれませんが、今の低成長、人口減の日本で、こうした上から目線の物言いに怯んではいけないと思います。

では実際、電気が全部ではないにしろ一部止まったらどうするのかと詰め寄られます。そうなればその範囲で生きていけばいいんじゃないですか。工場の稼働が止まって生産が下がる、その結果従業員の給料にも響く、それでいいのかと脅されます。では今の生活を維持するためのリスクはどうなんですかと。給料や雇用や住居そのものがゼロになってしまうリスク。

ここはいったんやめてみて、その範囲で生活してみて、その結果「もう少しいい生活がしたい、そのためにはリスクも承知する」と皆が納得すればまた考えればいいのではないでしょうか。いつも書いていますが、生活の豊かさとはお金だけではないはずです。その意味で、所得では判断できない地方の豊かさをいつも感じています。

・太陽光パネル → 設置するなら屋根に

別荘地で人気のあるこの八ヶ岳でも、太陽光パネルの設置が急速に進んでいます。多いのは休耕田の利用ですが、最近目立つのは森林伐採による設置です。環境に良いはずの太陽光発電ですが、そのために木を切るってどういうこと?と思ってしまいます。ずいぶん前にカーボンニュートラルのことを書きましたが、薪にもぜずにただ切るだけではなおさらです。

太陽光パネルはその重さ、耐久性、破損、廃棄が問題になっています。実は以前自宅の屋根に太陽光パネルを設置しようかと検討したことがあります。いろいろと曲折があり、結局やめたのですが、その時にこれならいいなと思ったのが薄膜タイプです。ホンダが開発、一部実用化していたのですが、その後残念ながら事業を中止してしまいました。これなら大がかりな設置も必要ないし、場所も選ばず、当時お話しした業者さんは将来ホンダのエコカーの屋根に乗るのではないかと予想していました。

火力や原子力に頼らない発電は大いに結構なのですが、現在の緩い設置規制ではそのデメリットの方が目に余ります。これは都会に暮らしている方には実感が湧かないでしょうが、その景観たるや山腹をえぐり取ったゴルフ場やスキー場と同等なくらい破壊しています。おまけにご近所には光や熱の被害もあるようで。地元にはひっそりとした木立の中に別荘やお店を建てた方の隣が突然そうなって、実に気の毒な事例がいくつかあります。

よって、太陽光パネルは大がかりな設備が必要ない薄膜タイプを、人目につかない建物の屋根に付けるならいいと思います。わが家でも多分そうしていたでしょう。休耕田の使い途はほかを考えましょう。自分の土地だから何をやってもいいんだということは、本来日本人のDNAにはないはずです。
posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 田舎暮らし

2018年06月08日

半分青いで思い出した3曲

NHKの朝ドラ「半分、青い。」の音楽が話題になっているようですね。私は観ていませんが、妻がいろいろとその話をするので、ネットで調べてみました。すると第何回の第何話でどの曲が使われていたかが載っているページがあって、あぁなるほど私の世代では共感する曲がほとんどだなと思い納得しました。

そのページでは曲のタイトルしかなかったので、その中にあった小泉今日子さんの「木枯らしに抱かれて」って、はてどんな曲だっけと思いました。そこで早速ネットで探すとあぁこの曲かと。印象的なさびの部分、「泣かないで恋心よ」を聴いて記憶の連鎖が働きました。



まず思い出したのが研ナオコさんの「あばよ」。中島みゆきさんらしい曲ですが、その中で「泣かないで泣かないで私の恋心」という詩があります。順番からするとこちらの方が先でしょうから、その影響があったでしょうか。ちなみに「木枯らしに抱かれて」はアルフィーの高見沢俊彦さんによるもの。



あぁこのパターンあったよなと以前から思っていたのが、ブームの「風になりたい」。この中で「何ひとついいことなかったこの町に」という詩があります。ちなみにヴォーカルの人は山梨甲府の出身です。



これはアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」の中の、「何もいいことがなかったこの街で」を思い起こさせます。これも順番はこちらが先のはずです。



よくパクリとかオマージュとか世間では言いますが、別に後から出てきたものを非難するのが目的ではなく、こうした似た部分を探すのが個人的に好きなだけです。有名なものもありますが、実は多分私だけが気付いているのではないかと思うものもいくつかあります。
posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 音楽