2018年03月11日

正蔵の鼓ヶ滝は落ちが残念

本来は林家正蔵さん本人にSNSなどでお伝えしたかったのですが、どうもその術がないようなのでブログにて記すことにします。正蔵さんが読んでくれたら幸いです。

この日の朝NHKで正蔵さんの落語を観ました。演題は「鼓ヶ滝」というもの、初めてです。西行が詠んだ歌を夢の中で直されるのですが、それが鼓にちなんだ音、打つ、川(皮)という前振りがあります。その後、夢から覚めた西行に、その前に出逢った木こりから、その直しをしたのは歌の神であり、それを受け入れたお前さんは大したもんだと褒められます。

落ちは、「夢の中でたいそうな失礼をした、バチが当たらないだろうか」と西行が言ったところ、木こりが「鼓だからバチは当たらないよ」といったものでした。残念だったのはここです。さんざん鼓に関する前振りをしていたのだから、ここは「夢の中でたいそうな失礼をした」「大丈夫、バチは当たらないよ」とした方がすっきりしたと思います。「バチ」を二度繰り返す必要はないのです。直前に落ちが読めてしまいました。

なぜ夢の中で失礼な振る舞いをしたのかというのは、歌の直しをしたのが山中を迷って泊めてもらった家の爺さまと婆さま、それに小さな孫の三人だったからです。歌詠みにプライドのある西行がこいつら素人に直されてと抗いかけますが、結局はその方が良いと認めるのです。その三人が歌の神の化身ということです。大抵の旅人はそうした振る舞いをして、歌人として大成しなかったという背景があるようです。

この演題から得られる教訓は、誰が言ったかではなく何を言ったかが大切だということだと思います。誰が言おうと良いことは受け入れるべき、それが成功や成長につながるということです。この逆のことは世の中では実に多い。言った中身ではなく言った人によってその内容の評価が変わってしまうという、あまりにも理不尽で不合理なことがビジネスの世界をはじめ本当によくあることを実感しています。

私はそう落語に詳しいわけでもありませんが、小学生の時に「時そば」を劇に仕立てたことがあります。初めに出てくる調子の良い客を私が演じました。生徒には今ひとつだったようですが、先生たちには受けました。今回のテレビ番組は対談の相手が私の大好きな柳家小三治さんだったから観たのでした。いつのまにか人間国宝になっていました。

その小三治さんから正蔵さんに訊きたいことがあるとのこと。「なぜ不倫報道で記者会見をするのか」という問いに対し、「それをなぜ私に訊くのですか」と。正蔵さん、こぶ平と名乗っていた時に不倫騒動がありましたからね。その当時、「いや、芸の肥やしに」という通り一遍の言い訳に対し、芸能レポーターの前田忠明さんが「お前に芸があるのか」と突っ込んでいたことを今でもよく覚えています。

こぶ平さんについては「ハッチポッチステーション」のジャーニーが強く印象に残っています。グッチ裕三さんが80年代を中心とした洋楽を採り入れ、大好きでよく観ていました。今はネットで当時を懐かしめるので良い時代です。

posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 田舎暮らし
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