2019年07月14日

ロックの歴史を勉強中

現在ロック音楽の系譜をたどる本を読んでいます。全500ページにもわたる大著で、それでも一つ一つ発見が多く、読んではネットで調べ、あぁそうかと思うことの繰り返しで、なかなかページが進みません。まだほんの初めの箇所ですが、すでに驚きがいくつか。

その1 カントリーミュージックは西部ではなかった
 
ロックのルーツの一つとされているのがカントリーミュージックということですが、これはアメリカ西部のイメージがありませんか。実はこれは後の映画などで印象付けられたものだそうで、実際にはアパラチア山脈、かなり東部の辺りが発祥の音楽だということです。当時はこれより西を西部と呼んでいたそうで、現在のいわゆる西海岸とはかなり違った定義のようです。

その2 ティン・パン・アレーは地名だった

細野晴臣さんなどが活躍したティン・パン・アレー、その名前の由来は考えたこともありませんでした。当時ニューヨークで楽曲を試奏していた会社が集まる通りの名前であり、そこに細野晴臣さんが好きなアーティストが多くいたことによるものだそうです。当時はまだレコードがなく、音楽の会社は楽譜を販売することを主とし、その試奏が安物の鍋を叩くような音がしたことからこういう地名になったようです。

ティン・パン・アレー、一番有名なのはやはり「ペキンダック」でしょうかね。北京オリンピックが開催された年にはよくラジオでかかっていました。



その3 レイ・チャールズのあの曲もカバーだった

レイ・チャールズで思い浮かぶ曲の一つに「Hit The Road Jack」があると思います。



実はこれ、パーシー・メイフィールドという人のカバーだということです。



この人もロックのルーツに関わったジャンルの代表的な人だそうです。

これらはロック誕生前夜の話で、これからいよいよロックの始まりに入っていきます。乞うご期待。
posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 音楽
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