2012年10月18日

プロの作詞家と作曲家

洋楽の1980年代と邦楽の昭和50年代というのは、個人的な体験がベースではありますが秀逸だったと思うのですよね。洋楽についてはこれまでいろいろと述べていますが、邦楽では何がすごかったかというと、阿久悠さん、都倉俊一さんの存在です。

現在はJASRACの会長になっている都倉俊一さんが少し前に、「今のミュージシャンは何でも自分で曲を作らないといけないと思っているようだが、プロの作詞家と作曲家が出会ってできた作品のすばらしさをもっと認識してほしい」と言っていました。当時の阿久悠さんとのコンビの曲を振り返ると、なるほどそうだなとよく思います。

何でこんなことを書いたかというと、この日出ていたNHKの番組を始めとして、プロ野球の始球式を行うなど最近再び見るようになった森高千里さんから連想することが普段からあるからです。「私がオバさんになっても」という曲は彼女自身が作詞したものですが、その中で「夏休みには二人してサイパンに行ったわ」の後に、「来年もまたサイパンへ泳ぎに行きたいわ」と続くわけです。プロの作詞家であればこのように「サイパン」を繰り返すわけはないだろうと思うのです。

同じような意味でいつも頭に浮かぶのは、ドリームズ・カム・トゥルーの「うれしはずかし朝帰り」です。この作詞も吉田美和さん自身ですが、その中で「アスファルトに落ちる陽光がもう昼を示す短い影つくる」という部分があります。シドニィ・シェルダンの小説ではないのですから、「短い影」だけでもう陽が高い、つまり朝帰りどころか昼になってしまったということはわかるはずなのです。これもプロの作詞家であればそこまで書かずに、あとはリスナーに想像させる手法を採るはずです。

いずれの曲もほかの部分の歌詞はいいし、メロディーも、歌い手も素晴らしいので、何とももったいない気がしています。お二人ともずいぶん昔の作詞なので今であればそうはならないとは思いますが、それにしても阿久悠さんのスケール、世界観は素晴らしい。「地球の男に飽きたところよ」などという詩が今の人に書けますかね。
posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 音楽
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