2007年11月11日

カーボンニュートラルという考え方

いい加減寒くなってきたので早く薪ストーブを設置したいのですが、その前に一から勉強しようということで、「薪ストーブ大学」なるところに行ってきました。2日間の講義と実演は大変ためになるものでした。

その中で講師の一人が「カーボンニュートラル」という概念の話をしていました。薪を燃やすことによって排出される二酸化炭素は、それまで育ってきた木が吸収したとみなしてプラスマイナスゼロである、カーボン(炭素)がニュートラル(中立)であるという考え方です。これは最近話題のバイオ燃料が注目される理由として知ってはいましたが、この用語を聞いたのは初めてでした。

しかし以前からどうもこの理論がよく消化できないでいました。薪で考えると、薪となるまでの例えば20年間吸収してきた二酸化炭素を、薪として燃やして排出するということは、自分で溜めた二酸化炭素を自分で排出するのだから環境には負荷がかからない、それに比べて化石燃料はただ排出するだけだからけしからんということです。

まあもともと私も石油依存の生活は嫌でしたし、薪ストーブが好きなので漠然と良いことをしているとは感じていますが、考えていけばいくほどわからなくなってきます。まず、例えば20年間吸収した二酸化炭素を薪として燃やすのに1年かかるとすると、逆に考えれば1年の排出量を20年かけて吸収しているということになるのではないか。

それは1本の木だけのライフサイクルで考えればプラスマイナスゼロかもしれないが、地球全体の森林による吸収能力を考えれば、薪にするために木を切り倒すとそれだけ能力が落ちることになるのではないか。それを補うために植林が必要であるが、20年目の木と植林したばかりの木とでは吸収能力が同じはずはないのではないか。そもそも吸収してきた二酸化炭素の量とその薪が排出する二酸化炭素の量は本当にイコールなのか。と、疑問は尽きません。

初日にこの話を聞いて自分なりに調べたり考えたりして、2日目に講師の方にこのような疑問を投げかけました。すると、昭和20年代後半まで日本のエネルギーの大半は薪と炭であったところ、その後石炭、石油へとエネルギー政策を大きく転換していった時期と、地球温暖化が始まった時期が一致する、よってそれまで化石燃料を燃やしていなかった時代はカーボンがニュートラルであったと考えられるとのことでした。

細かいところの科学的な検証はまだにしろ、結果としてこのような状況となっていることの帰納的説明としては納得できました。いずれにしても自分ではどうすることもできない石油に依存する生活は嫌なので、薪ストーブを推進していくことに変わりはありません。今さら灯油のストーブなどは絶対に入れません。と同時に、もう少し自分なりに理論武装しなければいけないなと思いました。
posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 薪ストーブ
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